同人サークル《栄園亭の囲炉裏》

今年行われるだろうコミケ91に向け、初めて同人活動をする僕達。何もかもが手探りなお使い感覚。 果たして間に合うのだろうか。Twitter @eiennteinoirori  記載された内容に関しては転載禁止でお願い致しますす。

短編 15 【ジッポー】

  朝から調子が悪いのを何となく覚えながら仕事をしていた。会社のトイレでその原因を晴らせば良いのだが、人目が気になってしまいずるずると昼までもつれ込んでしまった。それでも波は一旦落ち着いたので、昼飯を買いに行く為に外へ出た。ついでに済ませるつもりだったのだ。


  コンビニ袋を手に提げ会社への道を戻っていると、何かを忘れた気がして思い出そうとしていると、再び襲いかかってきた腹痛。後悔した時には遅く、我慢ならずに立ち止まってしまう。額に脂汗が浮き出て気持ち悪い。急いで辺りを見回しトイレを探す。今からコンビニに戻るには切羽詰まった状況なので、とりあえずゆっくりと前へ進む。幸運な事に、角を曲がった先には公園があったので、この際構わないと駆け込むと用を済ませる。


  一通りの脅威が過ぎ去って、軽い疲労感を携えながらトイレを出る。その先に簡易灰皿が見えたので、気持ちの整理をつける為向かう。そこには既に先客が一服をつけており、中年で小太りの男性が携帯片手にタバコを吹かしている。彼の深く吸い込んだ息、それが鼻から煙となって大きく登って行く。そんな彼の隣に立って懐からボックスを取り出した。中から一本を掴み口に咥える。火をつけようとライターを探したが見当たらず、しばらく体をまさぐるが結局無駄に終わってしまう。


  僅かな落胆にタバコを仕舞おうとした。するとそれを見ていた中年の彼が、内のポッケからジッポーを取り出した。そのまま一度こちらに手で会釈をしつつ差し出してきた。好意に気づき、咥えたタバコを彼へと向ける。適度に日焼けした彼の親指がケースを押し開く。独特な金属音が響き、そして指の腹で石が擦られると、勢い良く火が灯った。


  山なりに上がる火が、タバコの先端を焼く。肺の中に吸い込みながら彼に感謝を示した。笑顔を浮かべ一連のやりとりが終わる。つかの間二人で時間を共有していたが、彼は葉の減ったタバコを灰皿へ捨てると、こちらに軽く目配せをして去っていった。


  残った後に思い出されるのは彼のジッポー。銀の塗装は大分燻んで、黒が混じっていた。ケースを開くときに見えた中身は、多少の汚れで済んでいた。馬鹿になった蝶番によって横にずれた蓋。最後に見た全身は、角が丸くなっていて長い間彼の手で愛されてきたのだろう。


  シンプルながらに力強いタバコの友。昔はやけにキザだと鼻で笑っていたが、それは結局持ち主次第なのだっただと知る。余りにも自然に感じた彼の仕草に、すんなりと心を奪われてしまった。


  安い憧れだと恥ずかしくなったが、それも使い続ける事でやがて一体となる味わいに、深い感慨を覚え公園を後にする。


  長い人生の中に、一つ頼りになる相棒がいても良いだろう。