短編 1【朝顔】
朝には必ずその花の前を通る。私はいつも彼女の家に咲く青い朝顔に挨拶するのだ。呼び鈴をならすけど返事が来ることは無く、遅れて扉が開くと中から彼女が出てくる。
急いで出て来た彼女の、スカートが揺れて淡く赤い膝がちょっぴり覗けた。黒いブレザーに包まれた彼女。服よりも濃く長い髪が靡いて目で追えば、それは私の隣にやって来た。肩に掛かった鞄が私に当たって彼女の体を受け止める。
それは慌てて走った彼女がつんのめって、先に飛び出た鞄ごと私に倒れ込んで来たのだ。あまりの勢いに心配になって差し伸べた私の両手が彼女の肩を支える。人一人の重みなんて女の力じゃ耐えられるはずもないし、てっきり私もそのまま転ぶかと思われたのだが、渾身の力でも入ったのだろうか二人して彫刻みたいに固まっていた。
一分も経たずに私の腕は限界が来て、全体がつるよう様に震え始める。咄嗟の事に涙を浮かべた彼女が現実を理解してその場にへたり込む。私と言えば腕の痛みに泣きそうになっていた。
朝早々に道端で蹲る私達は女学生で、彼女は私の友人だった。何年来もの付き合いは今もなお続いて、気付けば習慣になった朝の登校。少し蒸し暑くなってきた空気。その肌触りは悪くないと私は思う。
しばらくすればどちらとも無く笑い合い、砂埃を払うと並んで歩く。薄く照り始める太陽に彼女が背負ったハードカバーのケースが色めいていた。
やっぱり帰りは別々なのだろう。慣れた諦めに苦笑いをして肩をほんの少し寄せる。
私は今日も朝顔に別れを告げて、彼女と共に通学路を行く。その瞳に朝日が眩く差し込んだ。次の季節に咲く花はどんな色を見せてくれるのだろう。
「またね、バイバイ。」