同人サークル《栄園亭の囲炉裏》

今年行われるだろうコミケ91に向け、初めて同人活動をする僕達。何もかもが手探りなお使い感覚。 果たして間に合うのだろうか。Twitter @eiennteinoirori  記載された内容に関しては転載禁止でお願い致しますす。

短編 5 【春楽し】

  春が来ると私は母と近くの公園に行く。小さな小さな丘に何本もの桜が咲き誇り、往々に散ってゆく。その一時を満喫しようと今日も多くの人々が訪れていた。

 

  既に陽は傾き始め、夕日の中に舞う桜花弁は薄紅色を見せながら地へと積もっている。母を乗せた自転車を押し辿り着いた私の額には汗が浮き出て、風に晒されては乾き冷えてゆく。公園の入り口には多くの自転車達が並んでおり、私は母を降ろすとその列にねじ込むように停めた。

 

  母と一緒に手を繋いで中へと入ってゆく。まず初めに見えたのは、芝生に座り込んで騒ぎ立てるインド人の集団だった。20人を超える団体でもって花見をする彼等の、その言語が分からないものでまるで何かの儀式の様だった。そんな彼等の一部がこちらに気付き声を掛けてきた。揃ってナンの詰まったタッパーを指し示している。私は笑顔で誘いを断って歩き続ける。その後ろでは母が会釈をして私を追う。

 

  丘の中腹にシートを敷いて私達は座った。いそいそと缶ビールを取り出して、蓋を開けたら缶を合わせた。一息で半分程を飲み入れた母の口から、大きな息が漏れている。その間に私は肴を広げ箸を握る。全て母の手作りだ。

 

  最近の彼女が作る料理は、手軽な物ばかりで占めながらも味が濃く、長らく私の舌に馴染んだもので、これも楽しみの一つだと随分期待していたのだ。厚揚げを玉ねぎと共に箸で摘み頬張ると、残りをビールで流し込む。二口目に手をつけながら周りを見渡した。

 

  私達の斜め先に桜の大木。その木陰には一人の女性が寄りかかっている。深紅のワンピースに黒いヒール、アイシャドウのみが顔の化粧。その女はたった一人で本を読み静寂を漂わせていた。口元には常に笑みを浮かべ、瞳だけが動きを表している。

 

  興味惹かれる出で立ちだったが、酒に酔い騒音に包まれる私にはつまらなく、公園の端にあるベンチの元の人影を見る。私達と似た様な面子で、親子2人が地面に座りベンチを机に酒盛りをしていた。何かを楽しそうに話す彼等達は三つ編みの髪型で、会話の中で琴線に触れたのか転げる様に哄笑していた、その身に汚れが付くのを構わずに。

 

  花の宴はこうでなくては、そう満足気に話す母は三本目のビールに手をつけていた。やがてインド人の数人が私達の目先でボール遊びを始める。でっぷりと飛び出た腹を揺らし、器用にパスを繰り返す。それを醜態だと母は不機嫌になり、機嫌を宥め収めるのに10分以上もの時間を掛けた。そうしている内に私の呂律は回らなくなり、そんな自分の周りには子供達が群がっていた。

 

  離れた所にあるトイレには壁に立ち向かっている警備員、散らばる空き缶は数多く山になる。目に映る太陽は2つ、その合間に舞う花びらに私は吐き続けながら酒を飲んでいた。

 

  今年の始まりも、私達は春を楽しむ。

短編 4 【消えた女】

  自分が勤める会社は都内に在り、毎朝車で通っている。途中、自宅からの道筋には大きな駅が見え、その前を通ると必ず信号待ちを食らう。そうして会社の近くまで来ると、一本の脇道に入り二軒先にある駐車場に車を停めた。

 

  外へと降りて鞄を持つと、目的の会社まで5分かけて歩く。やがて見えた建物の入り口まで来ると、中が妙にざわついているのが分かった。特に興味も湧かず、しかし今入れば確実に注目を集めてしまう。さりとて出社を拒む理由などにはならないので、少し面倒になりながら扉をくぐる。結局数人の社員に気付かれ近寄ってくる。挨拶がてらに話を促した。

 

  ちょっとした興奮に喋り立てる彼等、そのちぐはぐな内容をまとめれば、この会社に属する同僚の一人が行方知れずであると朝早くに警察から連絡があったとの事。名前を聞き多少驚く、それはどうやら自分の課にいる女性社員であったのだ。

 

  そんな彼女との面識はありはすれども希薄なもので、大して会話をした記憶はない。何度か数人と飲みにいったような気がしたがそれでも印象は弱かった。然りとて人一人が消えるというのは中々大事で、午前中には警察が訪れ話を詳しく聞くようだ。

 

  そんなもので皆一様に仕事に身が入らず、だらだらとその時を待てば、やがて社の扉から数人の男が現れて声を掛けてきた。
「どうもこんにちは、先程電話にて連絡を差し上げた者です。この度は急な事で申し訳ありませんが、少々お時間を頂戴します。」
やけに腰の低い眼鏡の男が先頭に、後ろに並ぶ者たちが一斉に頭を下げていた。

 

  自分の所にも幾つか話を聞いてきたが大した心当たりもなく、適当に答えるうちに彼等は去っていった。部屋にはまだ動揺のざわつきが支配していたが、次第にそれは失踪した彼女への案じるものに変わっている。

 

  無理して心配を示す皆の表情は同じもので、二、三日もすればその関心も薄れていく癖に、この場だけはと取り繕っている。

 

  本日の業務が終わりカードを押して外へと出る。車の元へ近づいていく最中、自分は思いついたように携帯を取り出してSNSを確認する。

 

  その間に車の運転席乗り込むと、目的のものを見つけた。とあるユーザーのアカウント、そこには数日に渡る情報が書かれており、しばらくスライドしていると気になる一言が見つかった。
「死にたい、もう疲れたヤダ。」
その後に続く内容は大したこともなく、エンジンキーを捻り車を発進させた。いつもと同じ帰り道、この情報もいずれは警察に知れるだろう。

 

  前を走る車を最後に信号が赤へと変わったのでブレーキを踏む。朝にも通った駅前をぼんやり眺めていると多くの人間が流れていた。そしてその中にわずかな違和感を覚え注視した。

 

  大きな旅行鞄を片手に引きずり、皆と同じく駅に向かう人間が。それは例の女性社員だった。しかしその外見は記憶とは違って、髪は短く服装も派手であった。自分の目に映る彼女は確かで、その表情は想像していたものとは異なっていた。

 

「何だよ、死ぬ気なんてさらさら無いじゃんか、アホらしい。」

 

  信号は既に青に変わり、後ろの車からはクラクションが聞こえていた。自分はアクセルを踏みながら、億劫と戦いつつ再び携帯を持つのである。

 

「もしもし、〇〇商事の田中ですが、先程の件で少々気になる事がありまして……」

短編 3 【夢】

  彼女は街を歩いていた、誰も居ない街を。普段ならば人でごった返す駅前も、人っ子一人見当たらない。アゴに伝う汗を裾で拭うと彼女は歩き続ける。視界は狭く、呼吸は浅い。顔を覆うマスクをずらし、水筒から水を飲んだ。ぬるい温度で喉を流れる液体でも、今の彼女には有難かった。漏れた吐息に全身から汗が吹き出る。

 

  日本と呼ばれるこの国のかつて栄えた繁華街。無人となった歌舞伎町は、形だけを残しその機能を失くしていた。電光掲示板は客を呼び込み、多くのテナントが光を灯していた。

 

  二週間前、突如この国を脅威が襲った。定型通り殆どの人々は死にさらばえ、その他も後を追って逝き、何故だか彼女だけが生き残った。そんな彼女の外見は物々しく、その足取りは重いもので数メートル進む度に息を切らして立ち止まっていた。視線の先にはドンキホーテ。煌びやかに煩雑な店頭に、並びそびえる商品群。引き寄せられるままに彼女は店内へと入って行った。

 

  森の如く続く様々な商品を見て、その一つ一つを吟味する余裕など今の彼女には無く、近くにあった手頃なブロック肉を手に取り出口へと向かう。途中レジの横を通り過ぎるが、何も考えずに外へと出た。

 

  元の歩道に戻り再び進む。昼夜も分からぬこの街の街路灯が幾つも目に入った。遂には限界が来て、ガードレールに腰を預ける彼女。朦朧とする意識や、息が上がって上下する落ち着きのない肩をどうにかする為に目を閉じる。

 

  聞こえる呼吸の中で母と姉の事を思い出す。いつも彼女の前に立つ二人の表情は見えず、玄関に立てられた靴べらは彼女達の道具として活躍していた。彼女の日常は面白く、週の半分を冷蔵庫の前や部屋の隅で小さく蹲り過ごした。父はそんな彼女を哀れんでいた様な気がする。愛の証だと押し付けられた火傷の痕がじくじくと痛み始め、急いでマスクを外す。

 

  途端に漂う強烈な腐敗臭が鼻を抜けて、自然と吐き気を催した。それを堪え水を含むと、激しくゆすぎ道端に捨てた。しばらく吐き気にうなされていたが、これまでの環境から比べれば何のこともなく、どこかで湧く開放感に喜びをかんじていた。

 

  大分疲労してしまった体は力が抜けて行き、気を抜けば地面に倒れそうだった。僅かになった体力を取り戻す為に、まずは朝から空の腹を満たすべきだと先程頂戴したブロック肉の包装を解く。

 

  腐臭で全く分からない肉の匂い。ともかくかぶりついては胃の中へ詰める。口に残った肉を集め咀嚼していると、離れた柱に張り付けられた政治家のポスターが見えた。その笑顔に彼女も返し、全く知らない誰かの無能さを感謝した。

 

  視線を変えて目の前にあるガラス窓に移す。そこに映り込んだ彼女はなんとも惨めで、こけた頬に歪んだ皮膚、肉を持つその手は細く骨が浮き出て、唯一生き残った日本国民の最後と言われても、哀れに思えるだけだった。

 

  その姿に嘲け笑うも口から零れる掠れた声が、まるで今際の際を迎える老人の様で堪らない。悔しさに泣きそうになって、腹をたてれば肉片をガラスに叩きつけるだけだった。

 

  不快な水音だけを鳴らして落ちてゆく。何がこの心を急かすのか、我慢のならない焦燥が憎たらしく、縛られることの無いはずのこの身は、ただ逃げ出したかった。

 

  もつれる足を何とか走らせて歩道を駆ける彼女。大通りの交差点に飛び出すと遂には転ぶ。仰向けになった彼女の肺が悲鳴を上げて息ができない、点滅する視界には燻るような灰色の空が広がっていた。やがてそこに一筋の光が流れ、彼女の真上高くで弾けて輝いた。

 

  どっかーーーん!

 

  これで私も死んでしまうのか。
  街を包む光りに彼女も飲み込まれたが、その最後まで涙は流さなかった。

 

  そうして私は目を覚ます。長い座席の端にいた私と、肩に乗った男の頭。つり革を持ち前に立つ女は、眠る私を携帯に収め笑っていた。

 

帰路につく私には、姉などいないし母とは仲が良かった。全てが非常識に思えたこの時、私は夢の中で何を求めていたんだろうか。

 

 そんな思考も次第に眠気にかき消され、私はまた夢に耽てゆく。

短編 2 【昼下がり】

  朝の寒さが緩やかになり、陽射しが柔らかく通りに降り注いでいる。懐に収めてあった紙パック、外付けのストローに指が当たり弄ぶ。サイズの合わぬジャケットは20年も前に買い求めた物で、当時より痩せ細ってしまった今の自分が着ればぶかぶかとだらし無く見られるだろう。

 

  休日に出歩く事が日課となっていた私は通り過ぎゆく人々を横目に、治まり悪く伸びてしまった髭をさすりながら近所の公園へと足を向けていた。

 

  供になって幾久しい家内とは仲が曖昧で、険悪とはいかぬがどうにも居心地悪く時間があっても誘われぬ限り一緒になってどこか出掛ける事など無くなっていた。これも長らく続いてしまったものだから、始めは気を使い私を立てていた彼女も次第に愛想を尽かしたのか、近頃は交わす会話もめっきりだった。

 

  得もなく考えているといつの間にか公園の入口を抜け、いつもの座るベンチの前に居た。休日にも関わらず人気の無いこの場所。そこは住宅街の中に産まれた隙間にあって、当然こんな日にわざわざ訪れる者も居ないと思う。

 

  だが今日は珍しいことに先客がいたようで、割合大きな砂場の奥に小柄の男の子が座り込んでいた。誰かがいたとて別段やかましい訳でもなければ、私はそのままベンチに腰を下ろした。煙草を咥え煙を吹かすとしばらくは茫と空を見上げる。

 

  その内に時間の感覚が鈍くなって行く。なってゆくのだが、如何せず向こうの人影が気になってしまい落ち着かない。顔は動かさず彼の方へと視線を移せば、相変わらず男の子は微動だにしていなかった。

 

  特にその理由を知りたい訳では無いが、一点を見つめ続け佇む幼子というのが可笑しく、これは一興がと観察しようと思った。

  身じろぎ一つしない彼と、同じ様な自分。この場を誰かが見ていたならば月並みにもあらぬ誤解を招いたかも知れない。

 

  すると、彼の見つめる先に茂る草木から一匹の猫が現れる。なるほど、彼はあれを待っていたのだ。辺りを確認する仕草の後に、男の子の姿をみるとゆっくりと近付いていった。あの年頃ならば、小動物は玩具と変わらぬものだろうと思っていたが、猫に触れる彼の手はとても丁寧であった。恐らくは見知った仲なのだろう、そう思わせる程に彼等はじゃれ合っていた。

 

  世間の流れに嫌気がさしてここに来てみれば、そんなものとは縁遠い風景を見た。私は懐から紙パックを取り出すと包装を剥がし酒を呷る。

 

  いつもは空を仰いでいるだけで終わる筈が、思わぬ肴に巡り会えた。微睡む視界に戯れる彼等は無邪気だ。胃を焼く感覚に、いつからか一人でいることに慣れてしまったのかっと羨んでしまう。

 

 すんなりと思い出たその後悔と疑問。それは素直に酔ってしまったからなのかと笑みが零れる。長らくこんな気持ちを味わってはいない。

 

  ぼんやりと眺めていたら、猫がこちらをじっと見ていた。妙に冷静な眼に、あんな風に自由気ままな奴が私の所にもいたんだと、遠い日々を回顧した。

 

  顔を洗っている猫の前に子供の手から何かが置かれた。何度かその匂いを嗅ぐと、躊躇わず口に運ぶ。その様子を見ていると気分が安らいで、忘れていた記憶が次々に思い出された。自分を押し殺し、隠し続けていたものが見えた気がする。

 

  空になりつつある紙パック、飛び出たストローを中へと押し込んだ。立ち上がり一つ深呼吸をして彼等から離れる。屑篭に放り投げると携帯を握る。画面が光り、その場を後にした。

 

  晴れた休日の公園。陽気で穏やかな昼下がり、私の後ろには子を呼ぶ親の声が聞こえ始めていた。 

 

 

短編 1【朝顔】

朝には必ずその花の前を通る。私はいつも彼女の家に咲く青い朝顔に挨拶するのだ。呼び鈴をならすけど返事が来ることは無く、遅れて扉が開くと中から彼女が出てくる。
急いで出て来た彼女の、スカートが揺れて淡く赤い膝がちょっぴり覗けた。黒いブレザーに包まれた彼女。服よりも濃く長い髪が靡いて目で追えば、それは私の隣にやって来た。肩に掛かった鞄が私に当たって彼女の体を受け止める。

それは慌てて走った彼女がつんのめって、先に飛び出た鞄ごと私に倒れ込んで来たのだ。あまりの勢いに心配になって差し伸べた私の両手が彼女の肩を支える。人一人の重みなんて女の力じゃ耐えられるはずもないし、てっきり私もそのまま転ぶかと思われたのだが、渾身の力でも入ったのだろうか二人して彫刻みたいに固まっていた。

一分も経たずに私の腕は限界が来て、全体がつるよう様に震え始める。咄嗟の事に涙を浮かべた彼女が現実を理解してその場にへたり込む。私と言えば腕の痛みに泣きそうになっていた。

朝早々に道端で蹲る私達は女学生で、彼女は私の友人だった。何年来もの付き合いは今もなお続いて、気付けば習慣になった朝の登校。少し蒸し暑くなってきた空気。その肌触りは悪くないと私は思う。

しばらくすればどちらとも無く笑い合い、砂埃を払うと並んで歩く。薄く照り始める太陽に彼女が背負ったハードカバーのケースが色めいていた。

やっぱり帰りは別々なのだろう。慣れた諦めに苦笑いをして肩をほんの少し寄せる。

私は今日も朝顔に別れを告げて、彼女と共に通学路を行く。その瞳に朝日が眩く差し込んだ。次の季節に咲く花はどんな色を見せてくれるのだろう。


「またね、バイバイ。」